難病SLEを出産後30代で発症!病気を告白に周囲の反応は?

SLE闘病記

全身性エリテマトーデス(SLE)という難病を30代前半で発症しました。

この病気の治療で入院生活も経験しましたし、色々な薬の副作用も経験しました。

発症して感じた体の変化や、医師とのやり取り、入院生活など経験したことや感じたこと書いてみました。

このブログに書き込んでいる私は、薬を多く(合計9錠)飲むこと以外は、健康な人と変わらない生活を送れていると思います。

少し年月が経ったので冷静に振り返ることもできていると思いますし、書けることも増えてしまいました。必ずしもいいことばかりではありませんが、このブログが少しでもお役に立てれば幸いです。

夫の気持ち

私の病気に病名がついた時夫は隣にいて、一緒に先生から病名を聞きました。「先生に家族を連れて来いと言われた」と言われた時点で、あまりいい感じはなかったはずですが、(いい感じがするはずもないですよね)会社を半休して何も言わずについてきてくれました。

 

病名を告げられて、「最低でも一ヵ月の入院」「お子さんのことがあるから、少しだけ時間を上げます」と医師に言われ、看護師さんから入院の説明を受けました。入院は決定事項です。

 

もちろん夫も隣で聞いていましたが、特に何かを言うことはありませんでした。

 

私はジュニアの「面倒を自宅で見て欲しい」と義父と義母にお願いしたのですが、その時も夫がお願いしてくれて、私の思うようにさせてくれました。夫の考えもあったかもしれませんが、それは口にはしませんでした。

 

夫は病院にほぼ毎日のように来てくれて、治療経過や検査の話なんかを根気強く聞いてくれました。入院生活なんて、面白話しなんてそうそうありません。だってどこにも出かけないですし、知り合いもいませんからね。ですが嫌な顔もせず話を聞いてくれました。話すとちょっと気持ちが楽になり、また頑張ろうと思えましたが、入院3週目あたりから、入院生活が本格的に息苦しくなってきたので、夫と話しができる時間はとても大事な時間でした。

 

夫や周囲の助けを受けながら入院生活を乗り切りましたが、退院してから数ヵ月後に2人目の子どもについて意見が分かれました。

 

2人目が欲しい私と

2人目は無理しない方がいいという夫

結局私の病状や薬の関係で、「2人目を考えてもいいよ」と主治医からお墨付きをもらったのが私が37歳の時。35歳を過ぎてくると普通の出産でもリスクが高まる傾向にあります。持病を持つ自分(母体)のリスクや、赤ちゃんのリスクを考えて、諦めるようになりました。無理に諦めたというよりは、時間をかけて少しずつ諦めたという感じでした。

 

「もう一人子どもがいたら、どんな感じかなー」

 

と思うことはありますが、後悔はあまりありません。

 

夫は病気で大変だった私を知っています。「またあの状態になるのは見たくない」ということのようでした。

 

私はループス腎炎になっていましたが、今は寛解の状態なんですが、ある時、「2つ体にあるものだったら、1つあげてもいいよ」と言ってくれました。

 

病院が大嫌いなはずなのに、私のために頑張ってやろうという気持ちが嬉しかったですし、そうならないようにしないとと思いました。

 

両親の気持ち

義父や義母は私の病気のことを聞いたとき

「ダメだー」と思ったようです。

助からないイメージだったようで、病気がよくなってきてから、当時の心境を打ち明けてくれました。

 

私の母は(母方の祖母は膠原病のシェーングレーン症候群だったので)

「遺伝的な感じかな?」と思ったようです。

 

実父と実母は毎日病院にお見舞いに来てくれていました。特に話があるわけではありませんが、こんなことでもないとほとんど声を発さずに一日が終わってしまうので、とてもありがたかったです。

 

友人やママ友の気持ち

ママ友や学生時代からの友達にも病気のことは伝えてありますが、特に関係が変わることはありませんでした。

近所のママ友にもぶっちゃけちゃってますが、これでも入院している時は、黙っていようと思っていました。ママ友には黙って入院したのですが、入院中に確認のメールが届いた(つわりがひどくて入院した説がささやかれていたらしく、その説を確認するメール)ので、返信で「病気で入院中です」と伝えると、「お見舞いに行きたい」ということだったのですが、みんな小さい子を連れている人たちなので、移動だけでも大変です。なので、お見舞いは遠慮してもらうことにしました。

 

退院後は「大変だったら電話して!」と暖かい声を掛けてもらえて、とても心強く感じました。

 

幼稚園のママ友には悩みました。

 

難病だと言うか、言わないか。

 

言って変に気を使われても嫌だったのですが、発症したのが3歳くらいだったので、病院への通院時に、子どもを見てもらったりすることが生じるかもしれないので、告白することに決めました。

 

「ちょっと難病をもってて」と数人に告白したところ、「あー私も難病でー」という返事が返ってきました。

 

なんと、私の病気とは違う病気でしたが、難病と闘う人が2人もいて、難病の人ってこんなにいるの?と、ちょっと気持ちが楽になりました。

 

この後からは、「私も難病だよ」という人はいないので、たまたまでしたけどね。

 

「難病なんだから、大人しく生活しないとダメなの?」なんて思ってたこともあったので、普通に生活している様子をみて、勇気づけられました。

 

好きに生きていいんだと。

 

難病のママ友は通院や薬の服用はそれぞれキチンとしていて、投薬により病気をコントロールしていました。一緒にランチにいくと、食事の後の薬を出すタイミングが一緒だったりして、おかしいのと同時に「私だけじゃない」と思えたりしました。

 

そこからは、ママ友にも「難病」だと告白することが増えました。

頼り過ぎは良くありませんが、孤軍奮闘なんてことにならないようにしましょう。ストレスはよくありませんよ!

 

ジュニアの気持ち

ジュニアに病気のことをいつ話すかはとても迷いました。

「理解できるのか」

「自分の責任だと感じたりしないか」

 

小学生になって薬をたくさん飲んでいるを私を見ていて、「風邪をひいている」と思っていたようです。

 

「いつになったら治るの?」と聞いてくれたので、「風邪じゃなくて違う病気なんだよ」と答えたんですが、反応はありませんでした。

 

しばらくは何も言わなかったのですが、「何の病気なの?」と聞かれたので、「自己免疫疾患っていって、自分の身体を自分が攻撃しちゃう病気なんだよ」と答えましたが、これまたよく分からなかったようでした。

 

また時間が過ぎて、「お母さんの病気何だったっけ?」と聞かれたころにはジュニアは小学校高学年になっていたので、しっかりと病気の説明をして、「誰のせいでもなくて、誰かのせいだとしたら遺伝子かな?」と説明しました。

 

「ちゃんと薬を飲んでれば、普通に生活できるよ」とも伝えました。

 

まだジュニアが小さいころに、「ママの病気を自分のせいだと考えてしまうことがある」とテレビで?聞いたことがあって、私の病気をそんな風に考えて欲しくないなと思っていました。私の告白をどう思ったかは謎ですが、隠し続けるのもおかしな話なので、聞かれた時に答えてみました。そのうち感想を聞きたいと思っています。

 

追 記

これまでに何度か話をしてきましたが、私が話している内容について、よく分かっていない部分も多かったと思います。大きくなるにつれ理解できることが増えてきたようです。ジュニアが「医者になりたい」と言い出した時は、「私の病気影響?」と思ったのですが、どうやら違ったようです。

また時間が経って聞かれたら、説明することを繰り返しています。どんな風に思っているかは不明です(笑)今後も聞かれたら、同じようにきちんと説明し続けようと思います。

 

思い返してみると

周囲の暖かい言葉や態度がとてもありがたかったです。退院後も通院の時に子供を預かってもらうこともありましたが、両親もママ友も引き受けてくれてとても助かりました。そして体調を気にしてくれて、病気のことを伝えて良かったと思います。助けてもらうばかりで心苦しく思うこともありますが、助けなしには生活できなかったと思います。

もし私と同じようなお悩みをお持ちの方がいましたら、私でよければお話聞ききますので、気軽にコメントして下さいね。

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